目的の旅路 2007年
主の御名を心から讃美いたします。
2007年度の歩みもこれまでと変わることなく、小倉教会の六つの目的「礼拝、祈り、教育(霊的成熟)、奉仕(仕える)、交わり、伝道」と、宣教ビジョン「北九州100万の救い、5万人の教会、5000の小グループ」に何度も立ち返りながら、ハガイ書2章9節の「新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさる。この場所にわたしは平和を与える。」という約束の成就に、変わらず祈り求め仕えていきたいと心から願っています。このビジョンに向けて、今年度も具体的に教会は前進しています。ビジョンに向けて今年度もたくさんの新しい小グループが立ち上がり、教会で集まる小グループから、さらに地域伝道を目標に地域別に集まる小グループへと展開していくことを願っています。
私が着任してから、『御言葉と祈りと愛に満ち溢れる教会』(2004年度標語)から、『霊と真理をもって礼拝を献げる』(2005年度標語)教会へと、さらには『互いに愛し合う教会へ』(2006年度標語)と、主が確実に私たちを導き整えてくださったと確信しております。互いに愛し合う教会像は、使徒言行録2章にある初代教会が「毎日ひたすら心を一つにして」家ごとに集い礼拝を捧げていた姿です。皆さんがよくご存知のように、その実践の場が小グループです。
2006年度では、一部の心無き者による常識に欠く執拗な言動により、私はうつ状態となり休職へと追い込まれました。このことによって福音宣教の働きと牧会伝道の働きが今年の2月から6月までの長期に渡り大きな支障を受け、キリストの体を形成する教会員同士の交わりの秩序が著しく乱されたことは、私や教会が悲しむ以上に神様が悲しまれることだと思います。この度、自らの牧師としてのリーダーシップの欠けのゆえに、様々な問題などが次々と立て続けに起こってしまったことを深く皆様にお詫びします。
休養期間中、私は深く悔い改め反省するとともに、自己吟味をする良い機会になりました。そして、主イエスが教えた「愛」とは何かを深く教えられました。愛とは、衝突を避けるために問題を見て見ぬふりをしたり、嫌われないように問題を見過ごそうとしたり、怒らせないように相手をなだめようとしたりすることではなく、「真実を正直に伝える」ことであることを、御言葉と今回の体験より心に刻まれました。そして今回の三ヶ月に及ぶ休職中に、私は一つの御言葉を示され、主より大きなチャレンジを頂きました。それは、エフェソ4章15節の「むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。」という御言葉です。本当の交わりを得るためには、私たちは「愛に根ざして真理を語り合う」関係を築かなければなりません。そのためには、キリストにある交わりと秩序と健康を破壊するウィルスとも言える、「陰口、悪口、傲慢、嘘、偽善、誹謗中傷、うわさ話」を絶対に避けなければならないと主より教えられました。
この度、皆様の献身的な祈りに支えられて、復帰できるまで回復できたことを感謝いたします。しかし、私はまだ回復の途上にあります。私は小倉教会の皆様と一緒にこの試練を乗り越えて、キリストを頭としつつ、交わりの中でお互いに節々を補い合いながら、健やかなるキリストの体を形成し、共にキリストに向かって成長するように祈り続けたいと思います。
「こうして、わたしたちは、もはや未熟な者ではなくなり、人々を誤りに導こうとする悪賢い人間の、風のように変わりやすい教えに、もてあそばれたり、引き回されたりすることなく、むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。」エフェソ4:14−16
願わくは、皆様と主がお許しくださるならば、引き続き小倉教会で牧師として、皆様とご一緒に福音宣教の業に仕えてまいりたいと思っています。そして、キリストの愛を土台に、正直に素直に謙遜に語り合う真実の交わりが深められる様、ご一緒にこの一年祈って参りたいと願います。ご一緒に、神と人との健全な交わりを通して、福音宣教の働きにふさわしい者へと成長して参りましょう。皆様の祝福を心よりお祈りいたします。
主にありて。
角本尚彦






