北九州から平和の祈り
〜長崎の鐘と原爆祈念碑〜
1945年8月9日に長崎に原爆が投下されましたが、実は当初は小倉に投下される予定だったのですが、当日の小倉上空は雲のため視界がきかず、第二目標の長崎市に投下されてしまったのです。
8月9日に長崎に投下されたプルトニウム原爆「ファットマン」。実は小倉市(現・北九州市小倉北区)が最初の目標でした。しかし、当日になって視界不良のために原爆投下の任務にあったB29ボックスカーから投下目標地点の目視確認ができなかったため急遽第二目標であった長崎に変更され投下されたのです。天候不順に加え、前日に行われた八幡への爆撃での火災の煙が小倉方面へ流れたためでもあるそうです。
私は長崎バプテスト教会の出身であり、長崎で教会生活を歩ませていただく中で被爆した地での伝道には「平和への祈り」が常に土台にあることを学びました。長崎原爆資料館に行くたびに、投下後の長崎の恐ろしい惨状が人間が起こした出来事に恐れと悲しみと憤りを覚えます。被爆した体験をもつ教会員の方の証を聞く機会も与えられ、人間の愚かさと罪の重さは絶望的で、平和の主であるイエス・キリスト以外に乗り越える道はないと何度も再確認させられるのです。
被爆を免れた北九州の人々にとって、被爆した長崎を思うたびに心を深く痛めるやるせない出来事なのです。長崎バプテスト教会より祈りをもって送り出され、小倉の地に牧師として赴任させていただいたことに、主の不思議な導きであることをいつも考えさせられます。平和の祈りへと主は導いてくださっていることに畏怖と感謝の思いが溢れます。
小倉と長崎というふたつの都市をめぐる運命を感じさせる現在、北九州市役所ちかくの勝山公園にある市立中央図書館の敷地には、祈念碑が建てられていて、並んで「長崎の鐘」の複製が飾られています。これは長崎市から寄贈されたもので、実物は市庁舎一階市民ホールに展示されています。ちょうどこの祈念碑がある場所に、旧陸軍の造兵廠小倉工廠があったそうです。 この造兵廠が当初の目標地点であり、学徒動員の中学生や女学生までもその工場で働いたそうです。
毎年8月9日になると、ここで「長崎の鐘」が鳴らされ、長崎の原爆犠牲者を追悼する慰霊祭が行われています。午前十一時二分、全員で黙とうした後、長崎市から贈られた「長崎の鐘」を鳴らして献花をし、平和への祈りをささげているのです。
主イエス・キリストこそ私たちの平和です。平和の君であるイエスの御名を通して、今日も平和を祈ってまいりましょう。
角本尚彦






