100年ビジョン
小倉教会の新しい100年(2003〜2103年)に向けて主が求める教会像
日本バプテスト小倉キリスト教会は1891年に北九州市小倉の地域で伝道が開始されてから100年以上が過ぎました。神様はこれから始まる新しい100年に向けてどのようなご計画を立てていらっしゃるのでしょうか。
「この新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさると万軍の主は言われる。この場所にわたしは平和を与えると万軍の主は言われる。」旧約:ハガイ書2章9節
現代の日本社会は癒しを求める時代であると言われ続けています。街は物で溢れ、これだけ技術が進歩し便利になった世の中で、社会は多くの問題を抱えています。近年WHO(世界保健機関)が「健康」という言葉の意味を再定義したそうです。これまでは、「健康とは、身体的に良好な状態」と定義されてきたのが、「身体的のみならずスピリチュアルに良好な状態」と改定されたのです。このスピリチュアル(Spiritual)の語はキリスト教用語で「霊的」という意味です。つまり、現代社会が「スピリチュアル」、つまり「霊的なもの」こそが、人間の生活には欠かす事ができないほど重要であるということを認め始めているのです。
聖書では、人間が神様によって「霊」、「体」、そして「魂(心)」の三つがバランスを取れている状態が最も理想的な姿であることを語っています。
「どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂(心)も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。」(新約聖書:Iテサロニケ5:23)
有名なフランスの哲学者パスカルは、「人間の心の中には、神様でなければ埋めることのできない空洞が存在している」と言いました。英語では何も欠けていない状態を ”Whole”「全体」と呼びます。つまり、神様の領域である霊の部分が ”Hole”「空洞」になっているために、人々は痛み苦しんでいるのだと言えるのです。その空洞を埋めようと人は努力して、お金、知識、学歴、哲学、名声、宗教、修行、世の快楽などあらゆるものを通して、心に満足と平安を求めようとしますが、そのようなものでは決して埋めることができません。つまり、私たちの創造主である神以外に、その空洞を埋めることはできないのです。
これからの時代、教会が与えられている使命は、このような「欠けている」状態で苦しんでいる人たちに「スピリチュアル(霊的)」なものを提供していくことであると信じます。この「霊的なもの」とは、つまり「聖書の御言葉、祈り、賛美、聖霊の交わり、十字架の愛と赦しの福音(ゴスペル)」のことですが、これをこの地上で提供できるのはイエス・キリストの教会以外に存在しません。これらの「スピリチュアル」なものを地域にそして社会に提供してゆく時に、人々に癒しと、悔い改めと、救いと、そして神の奇跡が起こるのです。
全ての人々が根本的に必要としているこの「スピリチュアリティー」は、教会が「祈りの家」(イザヤ56:7)として、目を覚まして絶えず祈り、霊と真理をもって礼拝を献げ、御言葉によって霊的に成熟した「キリストの弟子」(マタ28:19)を生み出し、交わりをもって互いに愛し合い、仕え合い(奉仕)ながら、彼らを「世界宣教」(マルコ16:15)へと遣わす(伝道)時に、家庭で・学校で・職場で・あらゆる国々で、痛みと苦しみの中にある人々をイエス・キリストの救いへと導いてゆく時、彼らの”Hole”『空洞』の状態から ”Whole”『全体性』な状態へと回復されてゆくのです。
そういう意味で、小倉キリスト教会は「霊的な働きを世に提供し続けるセンター・チャーチ」として新しい100年を通して主のご栄光を現し続けるでしょう。単なる交通の便がいい会場としてのセンター・チャーチとなるのではなく、教会が教会としての使命である、「福音を全ての国民に告げ知らせる」という働きを全うしていくことが、主から求められているのです。
小倉教会が『北九州の霊的センター・チャーチ』とされるためには、北九州市民100万人に福音を浸透させることが、最大の目標(ビジョン)となるでしょう。そして、主は必ずそれを成し遂げてくださると信じて疑いません。そのビジョンに向けて5000の小グループによる5万人の教会を目指し歩み出しましょう。さらに、主の望まれるのは、小倉教会がこれからの新しい100年、日本のそして世界の霊的センター・チャーチとして、主の栄光を現し続けることなのです。「地の果てまで福音を宣べ伝えられる」ための、そのビジョンが実現するように共に祈って参りましょう。






